(この物語はのらねこたちが、旅をしながらさまざまな体験をする物語です。)
地上に戻ってきたグレは、また吟遊詩人として旅をつづけました。
もう早く死にたいなどという考えはありませんでした。
「残された猫生を一生懸命生きよう。少しでも多くの猫に僕の歌を聴いてもらおう。」
ギターをかかえたグレの旅はつづきます。
つぎにたどり着いた町は、アモイという町でした。
この町は毛足の長い太った猫が上流階級に治まっていて、毛の短いスマートな猫たちは貧しい暮らしをさせられていました。
上流階級の猫たちは、お屋敷の中にいて、おいしい物を食べては、遊んで暮らしていましたので、益々太って魅力もなくなっていました。
スマートな猫たちは、やせてはいましたが、よく働くので、きりっとしまったサラブレッドのような姿態になって、とても魅力的でした。
いつも空腹をかかえていましたが、目はきらきら光って、かつて祖先たちが野生だった頃のようなたくましさがありました。
グレは町はずれの小さな酒場に立ち寄りました。
戸を開けるとなかから(黒猫ブルース)が聞こえてきました。
カウンターの中には、マスターが一匹いるだけでした。
マスターは短い、白い毛並みで黒い模様がすこしだけありました。サングラスをかけているので、目の表情はわかりませんでしたが、鼻の下に大きなほくろのような黒いもようがありました。
どこか野性的な中年の紳士で、グレはいままであったことのないタイプでした。
グレが椅子にすわると、マスターがききました。
「お客さん、見慣れない顔だな。どこから来たんだい。」
グレは「天国から戻ってきたところだよ。」と答えました。
不思議なことに、マスターは冗談だとは思わない様子で、
「天国への旅というのはどんなものだい?よかったら話してくれないか。」
と言いました。
グレは乗っていた船が沈没して海の底に沈んだ事、気がついたら天国にいた事、そこでメイという猫にあった事など話しました。
マスターはだまって聞いていましたが、グレが話し終わるとポツリといいました。
「そのメイという猫はおれの息子だよ。メイが成猫になった時別れたんだ。それ以来1度も会っていない。風のたよりに猫エイズで死んだと聞いていたが、やはり死んでしまったのか。まだ若いさかりだったのにかわいそうな事をした。」
そういうとマスターはサングラスをはずして、目頭をおさえました。ちょっとすごみがあるけど、どこかさびしそうな目でした。
グレは「なんて偶然なんだろう。きっとメイが引き合わせたのだろう」と思いました。グレはマスターにいままでの事を包み隠さず話しました。
すると、マスターはクロスケの事も知っていました。クロスケもメイもおなじ町に住んでいたのです。
グレは言いました。
「僕はクロスケの住む町へ1度帰ろうと思っているんだ。クロスケにはひどいことをしてしまったから、あやまらないと、心が落ち着かないんだ。マスターもいっしょに来ないか。」
マスターはしばらく考えてから
「おれも1度帰りたかったのさ。メイの墓参りもしたいし。見ての通り、おれは1人者だ。妻にも先立たれたし、この町にはなんの未練もない。おれもいっしょに行くぜ。ちょっと待っててくんな、支度をするから。」
そういうと、さっそく荷物をまとめはじめました。外へ出ると東の空が白々と明け始めていました。
マスターはドアに張り紙をしました。「行ってくるぜ。」
こうして、不思議な縁で結ばれた、グレとマスター(メイのおとうさん)の旅がはじまったのです。
つづく