music_noteそれぞれのお話に合わせてBGMを用意しています。よろしければダウンロードして、お話と音楽をお楽しみください

お話と音楽

<<前のお話 もくじ 次のお話>>

吟遊詩人のグレの巻き

(この物語はのらねこたちが、旅をしながらさまざまな体験をする物語です。
前のお話もごらんになってください。)

傷心の心をいだいたまま、グレはメルキドの町をあとにしました。
グレは、拳銃をギターに持ち替えていました。
カノジョとであってからは、争う事のむなしさを知ったのです。
グレは今度は、吟遊詩人として、旅を続ける事になりました。ある港町の波止場で、ギターを弾きながら歌っていると、いつものように、猫たちが集まってきて、グレのまわりを取り囲むようにして、歌に聴き入りました。
グレの歌声はどこか物悲しく、猫たちの心を惹きつけました。
その聴衆の中に世界中を航海している豪華客船マリンブルーの楽団員もいました。
その楽団員はグレの歌とギターのうでまえに惚れ込み、
「僕たちの楽団にはいらないか。世界中を回っているんだよ。」
と言いました。
グレは、「海の上もいいなあ。少しは気がまぎれるかもしれない。」と思い、楽団に入る事にしました。

猫たちの世界ではマリンブルーはかなりの豪華客船でしたが、人間の船の様子とは、少し違っていました。
たくさんの猫たちが乗っているので、普通なら、なわばり争いや、けんかがたえないはずですが、この船では、争いを起こした猫は、即、船から海にほうりだされました。
深くて冷たい海の水は少しくらい泳ぎがうまくても、ながく泳ぐことはできません。
海にほうりだされた猫は、死ぬしかありません。
そんな訳でだれも争う猫はいませんでした。
この船では昼間は昼寝をするか、釣りをしてすごします。
釣りはかなり真剣にやらなければなりません。
その日に釣った魚が夜の食事になるのです。
豪華客船のわりには、質素な食事です。
メインは魚、あとはすこしの草とソーセージ、飲み物は水と牛乳、お酒もすこし、日本酒とワインがおかれていました。
人間にとっては、質素な食事ですが、猫たちには大変なごちそうでした。
毎日新鮮な魚が食べられるのですから。

グレたち楽団員は、夜になると、哀愁をおびたせつないメロディをかなでました。
ふるさとに妻や恋猫をおいてきた猫たちは、みんなホロリとしてしまいます。
そうかと思うと激しいサンバのリズムで、皆ダンスに酔いしれる日もありました。

そんなある日、いままで経験した事のないような激しい暴風雨がやってきました。
台風のように海は大しけになりました。
マリンブルーは猫の船としては、豪華でも人間の船からみれば、おもちゃのようなものです。
こんな暴風雨ではひとたまりもありません。
猫たちは皆もう助からないと覚悟をきめました。
猫は死期を覚悟したら、争って自分だけ助かろうとはしないのです。
荒れ狂う海とは対照的に、船の上は実に静かでした。

乳飲み子をかかえた母猫と、小さな子猫だけは、最後の望みをかけて、救命ボートに乗せられました。
その他の猫たちは、ゆっくりワインなど飲みながら、グレたち楽団員の演奏に聴き入っていました。
そのうち、船は少しずつ沈んでいきました。海の水がじわじわとおしよせてきましたが、誰も、そのばを動こうとはしませんでした。
マリンブルーと猫たちは静かにゆっくりと、海の底へしずんでいきました。
グレはもうこの世に思い残す事はありませんでした。
今まで色々な経験をさせてくれた神様に感謝して、ギターを弾きながら海の中へ消えていきました。

つづく

吟遊詩人グレ

<<前のお話 もくじ 次のお話>>